吉村大阪府知事の紹介した「うがい薬」知見について
2020年8月4日、大阪府の吉村洋文知事と大阪市の松井一郎市長は、新型コロナウイルス感染者がポビドンヨード入りうがい薬を使用したところ、唾液からウイルスが検出される人が減ったと発表し、感染拡大防止策としてうがい薬でのうがい励行を求めました。
その後、薬局ではうがい薬の買い占めが起こるなど混乱を招いているなか、当機構の労働衛生委員 川村孝先生(京都大学名誉教授、元京都大学総括産業医)が吉村知事の紹介した「うがい薬」知見について読売新聞と毎日放送から取材を受けました。
(2020年8月5日付の新聞記事はこちら)
上記の新聞記事に掲載されていないコメント全文を寄稿いただきましたので、ご参考にしてください。
大阪はびきの医療センターでの研究についてはつい先ほど知りましたが、「ポビドンヨードによるうがいで唾液中のウイルス陽性頻度が低下」は当たり前だと思います。普通の風邪でもインフルエンザでも同じ現象が観察されるだろうと思います。
問題は、それが感染症の予防になるかどうかです。普通の風邪はライノウイルスや(旧型の)コロナウイルスで起きますが、ウイルスを減らしても口腔内の微生物(常在細菌叢)の共生関係(縄張り)を崩したり、生体組織を傷めたりする可能性があって、それゆえ私の研究では(ウイルスは減らしたとしても)風邪の予防につながりませんでした。
部分を見て全体を論ずることは危険です。「運動をすると活性酸素が発生して生体を傷害するので運動はしない方がよい」というのと同じです。私の研究では、ポピドンヨードうがいはうがいをしないより悪いわけではなかったので、ヨード剤を禁ずる必要まではないと思いますが、このような発想で公の政策が決まることに不安を覚えます。
(コメント全文おわり)
上記コメントの根拠になったエビデンスは、川村教授や宮木教授が以前行っていた感冒関連の諸研究(Great Cold Studies)で、国際誌に論文として公表されています。
感冒(いわゆる「風邪」)の際に、
1)解熱剤を飲むと最終的な治癒が遅くなるか、
2)感冒初期に葛根湯を服用することは治癒を早めるか、
3)うがい薬によるうがいと水うがいの風邪予防効果の比較
など、かぜに関する身近な(日々の診療や予防に役立つ)研究群となっています。
なお川村・宮木両教授らの研究ではありませんが、ヨードを含むうがい薬を長期間使うことによって甲状腺機能が弱まり、甲状腺機能低下症を誘発することが知られており、宮木教授より論文紹介と追加コメントをいただいたので合わせてご参考にしてください。
甲状腺機能低下症では気分が落ち込んで抑うつ症状が見られることが多く、うつ病と誤診される例もありますので、気の持ち方とか心の病気と決めつけずに様々な可能性を考慮した診断が重要となります。
短期間のうがい薬の使用は問題ありませんが、上気道感染の予防のためには水うがいで十分であることが我々の上記研究で示されていて、新型コロナウイルスへの予防効果は立証されていないことから、現時点でヨードを含むうがい薬を頻回に使用することは積極的に推奨できません。
(追加コメントおわり)