WHO定義等紹介と依存症集団療法「リオマープ」
会員各位によるWHO-HPQを活用した研究・取り組みの一覧 (抜粋)はこちら
WHOによる健康の定義や研究成果紹介をスキップし、「依存症」の解説や認知行動療法を基盤とした依存症集団療法「スマープ」、「リオマープ」などに関する説明をご覧になりたい方はこちら
ご存じの方も多いかもしれませんが、世界保健機関WHOでは第2次世界大戦直後の1946年にWHO憲章を作成し、その中で「健康」を以下のようにはっきりと定義していて示唆に富んでいますのでご紹介します。
Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.
東京大学の宮木教授によると「健康とは単に病気や虚弱でないというだけではなく、身体的・精神的・社会的に完全でウェルビーイングな状態」であり、単に病気でないことを指すのではなく、心身に加え「社会的」にも幸福であることを含んだ概念であることが明示されています。
この定義はWHO憲章ができた1946年当初から変わっておらず、途中で定義の変更に関する議論もありましたが、現在でも80年近くにわたり同じ定義を用いていることからも、この定義が本質的に的を射たものであることがわかります。社会格差やウェルビーイングに関する研究で、近年重要性が叫ばれている社会関係資本Social Capitalの重要性を1世紀近く前から予見していたともいえ、注目に値すると考えられます。
一方、メンタルヘルス(精神的健康)とは世界保健機関WHOによる定義によると以下のようになっています。
Mental health is a state of well-being in which an individual realizes his or her own abilities, can cope with the normal stresses of life, can work productively and is able to make a contribution to his or her community.
すなわち、「個人が自分の能力を発揮でき、日常のストレスに対処でき、生産性が高い状態で働くことができ、コミュニティに貢献できる良い状態」(宮木教授訳)を指し、単に精神的に病気でない状態に留まらず、元気に働いて社会参加することを含んだ概念になっています。
近年は、社会経済的状態(SES:socioeconomic status)の格差が健康格差を生み出していることが明らかになっており、わが国では文部科学省が大規模社会疫学コホート「社会階層と健康」を立ち上げて研究が進められています。
SES が健康に影響するメカニズムの仮説として、主に、物質的影響、精神的影響、行動・文化的影響の3 つが考えられます。物質的影響は、SES が低いために健康を維持するのに必要な物やサービスを購入・利用できない、そして精神的影響は、SES が低いことによる精神的・心理的なストレスによって疾病・不健康状態が生じる、そして行動・文化的影響は、社会階層による行動文化様式(喫煙、飲酒など)に違いが生じるというものです。
この研究班では、社会階層による健康格差の実態およびその医学・心理学・社会学・経済学的なメカニズムの解明を行うと同時に、保健医療福祉サービスおよび社会制度・労働政策の観点から健康格差の制御方策に関する研究を推進しています。我々の研究成果でもSESと栄養摂取、抑うつ度に関連があることが明らかにされています。
東京大学出版会「社会と健康」第8章 Miyakiらの研究(抜粋)
また、我々は、職場での精神面を含め健康上の理由で仕事のパフォーマンスが低下している状態についての研究も行っています。働く人々の精神的健康は、職場や企業単位でのパフォーマンスにも影響し、労働損失としてのインパクトが大きいことが知られています。休業を生じる事態は客観的事実であり把握しやすい一方、プレゼンティーズムPresenteeismと呼ばれる出勤している労働者の労働遂行能力低下による労働損失は客観的に把握することは困難であり、総量としての損失は休業よりむしろ大きいとされ問題となっています。
主任研究者であった宮木教授が、ハーバード大学のケスラー教授らが開発した健康と労働パフォーマンスに関する質問紙 WHO-HPQの日本語版の作成(翻訳)と逆翻訳による妥当性検証を行ったものが、WHO-HPQ日本語版です。これにより日本語でも上記質問紙による調査や研究が容易に行えるようになり、プレゼンティーズム(欠勤にはいたっておらず勤怠管理上は表に出てこないが、精神面を含め健康上の理由で仕事のパフォーマンスが低下している状態)という観点からの職場の健康管理が可能となり、我が国での調査研究や産業現場での活用が進むことが期待されています。
また、難治性うつの背景因子として、発達障害や愛着パターンが注目されています。生下時から持って生まれた性質である発達障害の内の自閉スペクトラム症は米国精神神経学会の診断基準DSM-5に改訂された際に大きく診断基準が変わり、白か黒かではなくその程度が連続的に分布する特性であり、健常者の中にも発達障害傾向の高い人が多いことがわかってきました。
英国ケンブリッジ大学のBaron-Cohen教授らは発達障害傾向の評価および自閉スペクトラム症のスクリーニングとして用いることが可能な正常知能成人を対象にした調査票Autism-Spectrum Quotient (AQ) を開発しました。この調査票は、50項目の質問票で日本語訳もあり広く用いられていますが、2011年に判別力は落とさずに項目を絞り込んだ短縮版AQ-short(28項目版)が開発されました。主任研究者の宮木教授がAQ-shortを独自に日本語化し逆翻訳による妥当性検証を行った日本語版は、原著者のBaron-Cohen教授の許可を得て利用可能となっています。この自記式調査票を用いて研究や治療を進めています。
トピック
労働パフォーマンスに関する研究(Presenteeism)
働く人々の精神的健康は、職場や企業単位でのパフォーマンスにも影響し、社会全体として見る時も労働損失としてのインパクトが大きいことが知られています。当時、厚生労働省の国立国際医療研究センター臨床疫学研究室長を務めていた宮木教授が、ハーバード大学のケスラー教授(Professor Ronald Kessler, Department of Health Care Policy, Harvard Medical School)らが開発しました健康と労働パフォーマンスに関する質問紙 WHO-HPQ (World Health Organization Health and Work Performance Questionnaire)の日本語版の作成(翻訳)と逆翻訳による妥当性検証を行いました。
今まで正式な日本語版は存在せず、我が国ではプレゼンティーズムに関する調査・研究や理解が不足していましたが、これにより英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語についで日本語でも上記質問紙による調査や研究が容易に行えるようになり、プレゼンティーズム(Presenteeism:欠勤にはいたっておらず勤怠管理上は表に出てこないが、精神面を含め健康上の理由で仕事のパフォーマンスが低下している状態)という観点からの職場の健康管理が可能となり、我が国での調査研究や産業現場での活用が進むことが期待されます。
また、ある企業でのWHO-HPQ日本語版を用いた我々の研究では、プレゼンティーズムスコアが悪いと将来の精神的理由による欠勤が統計学的に有意に増加することを前向きの追跡調査により確かめて国際誌、学会に報告しました(リンク)。
学校・職場不適応や難治性うつ病の背景因子の一つとして注目されている発達障害
学校・職場不適応や難治性うつ病の背景因子の一つとして発達障害が注目されています。生下時から持って生まれた性質である発達障害の内の自閉スペクトラム症は米国精神神経学会の診断基準DSM-5に改訂された際に大きく診断基準が変わり、白か黒かではなくその程度が連続的に分布する特性であり、健常者の中にも発達障害傾向の高い人が多いことがわかってきました。Baron-Cohen教授らは発達障害傾向の評価および自閉スペクトラム症のスクリーニングとして用いることが可能な正常知能成人を対象にした調査票Autism-Spectrum Quotient (AQ) を開発しました。この調査票は、50項目の質問票で日本語訳もあり広く用いられていますが、2011年に判別力は落とさずに項目を絞り込んだ短縮版AQ-short(28項目版)が開発されました。このAQ-shortは今まで正式な日本語版は存在しませんでしたが主任研究者の宮木教授がAQ-shortを独自に日本語化した自記式調査票を作成しました。この日本語版は、原著者のBaron-Cohen先生の許可を得て利用可能となっています。精度は落とさずに項目を絞り込むことにより、対象者への負担が軽減し、我が国での調査研究や産業現場での活用が進むことが期待されています。一部企業で実際に本調査票を用いた我々の研究は国際誌や学会で報告されています。
仕事の生産性の低下(プレゼンティーズム)は将来の精神的な理由による病欠のリスクにつながるという研究
精神的な理由による病欠があった人は、仕事の生産性が低下するという報告が多いでが我々は、仕事の生産性が低下していると将来の精神的な理由による病欠のリスクが大きくなることを経時的な観察により明らかにしました(Suzuki et al., 2015)。そして自身による評価である絶対的プレゼンティーズムではスコアが40、他人と比較しての相対的プレゼンティーズムではスコアが0.8の時にカットオフ値として妥当であると検討しました(Suzuki & Miyaki et al., 2014、2015年日本疫学会にて報告)。
また、労働時間が長いほど抑うつ症状が大きいという報告が多く、我々の調査でも同様な結果が得られていますが、労働時間が長いほど仕事の生産性は低下していないという結果が得られ、一定の労務管理がなされている企業例においては、労働時間と仕事の生産性とは関連がみられないことが示されました(2016年、日本産業衛生学会にて報告)。
発達障害傾向の内の自閉症特性とメンタルヘルスとの関連
自閉症特性の分布はWingのスペクトラム仮説を裏付けるような連続的な分布を示しました(Suzuki & Miyaki et al., 2017、2015年日本産業衛生学会にて報告)。また、自閉症特性にはいくつかの特性がありますが、各々の自閉症特性も同様に連続的な分布を示しました。また、段階的に抑うつのリスクが増すことが示されました(2015年、日本産業精神保健学会にて報告)。
このように、自閉症特性が高いほど不利益な面が多いことを示しましたが、特定の自閉症特性については高い労働者ほど社会経済状況が高く(Suzuki & Miyaki et al.2017年日本疫学会にて報告)、また、仕事の生産性も高いことを示しました(Suzuki & Miyaki et al.2017年日本産業衛生学会にて報告)。こうした各々の自閉症特性を検討することで、適切な介入を考案し周囲のサポート体制を整えることにより社会適応を高められる可能性があります。
労働者コホートにおける抑うつと栄養摂取の研究
我々の研究成果ではSESと栄養摂取、抑うつ度に関連があることが明らかにされています。
塩分摂取および血圧とSES との関連が検討されました(Miyaki et al., 2013a)。教育歴や世帯年収が大きくなるにつれて食塩の摂取量が階段状に減少するという負の量反応関係が認められました。
また、うつ病との関連が注目されている葉酸の摂取量との関連を検討しました(Miyaki et al., 2012)結果、抑うつが疑われた群では、仕事のストレスが高く、職場のサポートが少なく、葉酸の摂取量が少ないという結果を示しました。
この抑うつとSES の関係において、葉酸摂取量が果たす間接的な役割について、構造方程式モデリング(Structural Equation Modeling)を用いて検討しましたところ、教育歴や世帯所得が大きくなるにつれて葉酸の摂取量が階段状に増加しました(Miyaki et al., 2013bリンク「成果」)。さらに、共分散構造分析により、葉酸摂取量という食習慣がこれらの因果関係の媒介要因として働いていることが判明しました。特に葉酸を介した間接効果は教育年数がK6 スコア(抑うつの尺度)に及ぼす直接効果の半分以上を占めており、葉酸摂取が媒介因子として重要な働きをしていると考えられました。寄与度は小さいですが、世帯年収と抑うつとの関係においても葉酸の間接効果を認めています。
抑うつと栄養との関連では、単一の栄養素での解析のほかに食パターンによる分析も行い、(Suzuki et al., 2013)。SES と仕事のストレス因子を含めた多変量での調整をした上で、バランスのとれた日本食パターンは一貫してうつ症状に対して保護効果を示しました。特にactive strain(要求度が高く、裁量度が高い状態)で職場のサポートが少ない時に顕著に、この日本食パターンの効果を示しました。
社会経済状況や栄養に関しては成書「社会と健康」(東京大学出版会)第8章「生活習慣の社会格差と健康」に分担執筆者の宮木の解説がありますのでご参照ください。学術成果(英文論文書誌情報の抜粋)
Eguchi H, Inoue A, Kachi Y, Miyaki K, Tsutsumi A. Work Engagement and Work Performance among Japanese Workers: a 1-year Prospective Cohort Study. JOEM 2020 (in press)
Inoue A, Tsutsumi A, Eguchi H, Kachi Y, Shimazu A, Miyaki K, Takahashi M, Kurioka S, Enta K, Kosugi Y, Totsuzaki T, Kawakami N. Workplace social capital and refraining from seeking medical care in Japanese employees: a one-year prospective cohort study. BMJ Open 2020;10:e036910.
Suzuki T, Miyaki K, Tsutsumi A. Which autistic traits are related to depressive symptoms in Japanese workers? Ind Health 2020 2020; 58: 414-422.
Suzuki T, Miyaki K, Eguchi H, Tsutsumi A. Distribution of autistic traits and their association with sociodemographic characteristics in Japanese workers. Autism 2018 Nov; 22(8): 907-914.
Oshio T, Tsutsumi A, Inoue A, Suzuki T, Miyaki K. The reciprocal relationship between sickness presenteeism and psychological distress in response to job stressors: evidence from a three-wave cohort study. J Occup Health 2017 Nov 25;59(6):552-561.
Miyaki K, Song Y, Suzuki T, Eguchi H, Kawakami N, Takahashi M, Shimazu A, Inoue A, Kurioka S, Kan C, Tsutsumi A “DNA Methylation Status of the Methylenetetrahydrofolate Reductase Gene is associated with Depressive Symptoms in Japanese Workers: A Cross-Sectional Study.” J Neurol Neurol Disord. 2015 2 (4): 402
Miyaki K, Suzuki T, Song Y, Tsutsumi A, Kawakami N, Takahashi M, Shimazu A, Inoue A, Kurioka S, Kan C, Sasaki Y, Shimbo T, “Epigenetic changes caused by occupational stress in humans revealed through noninvasive assessment of DNA methylation of the tyrosine hydroxylase gene.” J Neurol Neurol Disord 2015 2(2): 201 (論文要約)
Suzuki T, Miyaki K, Sasaki Y, Song Y, Tsutsumi A, Kawakami N, ShimazuA,Takahashi M, Inoue A, Kurioka S, Shimbo T, “Optimal cutoff values of WHO-HPQ presenteeism scores by ROC analysis forpreventing mental sickness absence in Japanese prospective cohort.” PLoS One. 2014 9(10) e111191
Suzuki T, Miyaki K, Sasaki Y, Song Y, Tsutsumi A, Kawakami N, ShimazuA,Takahashi M, Inoue A, Kurioka S, Shimbo T, “Worse presenteeism scores (WHO-HPQ) relates to sickness absence due to mental disease in Japanese workers in a prospective cohort.” J Affect Disord, 2015 180: 14-20
Song Y, Miyaki K, Suzuki T, Sasaki Y, Tsutsumi A, Kawakami N, Shimazu A, Takahashi M, Inoue A, Kan C, Kurioka S, Shimbo T, “Altered DNA methylation status of human brain derived neurotrophis factor gene could be useful as biomarker of depression.”Am J Med Genet B Neuropsychiatr Genet. 2014 165B(4):357-64(論文要約)
Miyaki K, Song Y, Taneichi S, Tsutsumi A, Hashimoto H, Kawakami N, Takahashi M, Shimazu A, Inoue A, Kurioka S, Shimbo T, “Socioeconomic status is significantly associated with dietary salt intakes and blood pressure in Japanese workers (J-HOPE Study).” Int J Environ Res Public Health. 2013 11;10(3):980-93
Miyaki K, Song Y, Taneichi S, Tsutsumi A, Hashimoto H, Kawakami N, Takahashi M, Shimazu A, Inoue A, Kurioka S, Shimbo T, “Socioeconomic status is significantly associated with the dietary intakes of folate and depression scales in Japanese workers (J-HOPE Study).” Nutrients. 2013 18;5(2):565-78.
Suzuki T, Miyaki K, Tsutsumi A, Hashimoto H, Kawakami N, Takahashi M, Shimazu A, Inoue A, Kurioka S, Kakehashi M, Sasaki Y, Shimbo T, “Japanese dietary pattern consistently relates to low depressive symptoms and it is modified by job strain and worksite supports.” J Affect Disord. 2013 5;150(2):490-8.(論文要約)
Miyaki K, Song Y, Htun NC, Tsutsumi A, Hashimoto H, Kawakami N, Takahashi M, Shimazu A, Inoue A, Kurioka S, Shimbo T, “Folate intake and depressive symptoms in Japanese workers considering SES and job stress factors: J-HOPE study.” BMC Psychiatry. 2012 20;12:33(論文要約)
宮木教授の英文原著論文(米国NIHのPubMedデータベース収載)はこちら
依存症の解説と依存症集団療法「スマープ」「リオマープ」
「依存症」とは、何かに心を奪われて「やめたくても、やめられない」状態となり、日常生活に支障をきたすようになった状態のことです。使用のメリットよりもデメリットのほうが大きいにもかかわらず、その使用を薬物を辞めることができない状態です。
依存する対象は薬物、アルコール、ギャンブル、インターネットなど様々ですが、最近は世界保健機関WHOが「ゲーム障害」Gaming Disorderをメンタルヘルス障害の一つとして公式に位置付け(ICD-11)話題となったように、オンラインゲームへの依存も世界的に注目を集めています。他にも万引きなどの「窃盗症」(クレプトマニア)や盗撮・痴漢といった「性嗜好障害」(パラフィリア障害群)など、犯罪行為と知りつつも繰り返し衝動的に行ってしまう行動も依存症であると考えられ、社会的にも重要な「疾患」(医療的なアプローチが有効なもの)です。
世界保健機関WHOから日本で唯一のアルコール関連問題の施設として認定されている神奈川県の久里浜医療センターは、代表の宮木も学生時代に研修を受けたことがありますが、東京ドームの3倍という広大な敷地の中で目の前には広々とした海岸と東京湾、その向こうに房総半島の山々が望める風光明媚なところです。ここでは有名なアルコール依存症に対する治療だけではなく、全般にわたる治療、臨床研究、教育研修、予防・情報発信を軸とした高度専門医療を提供していますが、先日NHKのドキュメンタリー番組「病院ラジオ」でゲーム依存の青年が治療を受け、軽快して就労移行支援を受け始めているところが紹介されていました。わたしたちが関わってきた就労支援の立場からは、「就労」という社会参加を通して自分の居場所を見つけていくことは依存症の再発も防ぐことに繋がり、就労支援自体がケアの側面も持ちますとても理にかなった大変良い事例と思いました。
この久里浜医療センターは恵まれた自然環境の下で入院治療を主として行うところですが、外来ベースで行える有効な治療方法もあり、認知行動療法の手法を活用した薬物依存症に対する集団療法(依存症集団療法「スマープ」SMARPP)は、全国で100近い精神科医療機関や精神保健福祉センターで実施されています。SMARPP(スマープ)の開発者で当該領域の第一人者である松本俊彦先生(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所・薬物依存研究部部長)は治療のポイントとして、「安心・安全の保証」と「性急な変化を求めない」ことを挙げていて、「共感しながら懸念を示す」態度は重要と思いますし、「安全に失敗を繰り返す」ことを見守りながら段階的に強度の高い治療を提案していくという基本方針は多くの医療者の共感を得ていて、スマープ」を各医療機関がアレンジしたもの(東京都多摩総合精神保健福祉センターの「タマープ」TAMARPP、大阪精神医療センターの「ぼちぼち」BOCHI BOCHIなど)が複数存在しています。(そもそもSMARPP自体がアメリカの西海岸で行なわれていた薬物依存症の外来治療プログラムを日本流にアレンジしたものであり、医療現場での風土や文化に応じて参加者の方によりマッチする形に進化してきているとも言えます)
わたしたちRIOMHリオムでも、宮木代表の元同僚で大学での障害者支援にも関わっている岩隈美穂先生(京都大学大学院医学コミュニケーション学准教授)の意見を聞きながら、スマープを骨格として(認知行動療法の原理を用いた再乱用を防ぐためのスキル獲得を基盤として)、マインドフルネスのワークを取り入れながらソーシャルスキルトレーニングSSTの要素も取り入れ、「自分トリセツ」を作っていく「リオマープ」RIOMARPP(Research Institute of Occupational Mental heAlth Relapse Prevention Program)を開発しました。
この依存症集団療法は医師一人と心理士一人が複数の患者さん達に対して行うもので、通院集団精神療法という枠組みのもと行われ、定義としては「一定の治療計画に基づき、集団内の対人関係の相互作用を用いて、自己洞察の深化、社会適応技術の習得、対人関係の学習等をもたらすことにより病状の改善を図る治療法」と法令上は位置づけられています。
ネットや賭け事はそれ自体が悪いわけではなく、働く人の余暇として適度に楽しめれば問題はないのですが、周囲や本人が困るくらい制御が利かなくなる「依存」の状態を脱するには、特効薬もないですし精神論でも片付かないため、多様なアプローチが必要と思っており、こうした外来で実施できる依存症の治療プログラムがその手段の一つとして役に立つ方はきっといらっしゃると思っています。
発達障害関係では、ADHDの程度が強いほどネット依存が多いという報告も出ていますし、うつや強迫性障害、社交不安障害でも依存は多いといわれているので、こうした疾患の薬物療法と並行して、必要に応じて集団療法を治療の選択肢として患者さんが利用したいときに利用できることは有意義です。
うつや発達障害の方だけでなく、依存症の悪循環(ストレスに対処するために依存するものに頼ってしまいまたストレスとなること)を止めるのに、マインドフルネスや認知行動療法も、この集団療法でスキルとして身に着けてもらうことは、当事者の生きづらさの軽減に役立ちうると思われます。
岩隈准教授との議論にもありましたが、リオマープではグループで行うことによるピアサポート効果とともに、全く同じ悩みの人を見るよりも、悩みの根源は共通していて少し違う人を見ることで気づくことも多いのではないかと期待しているところです。
わたしたちのリオムメンタルクリニックでは通常の保険診療に加えて、公認心理士によるカウンセリングも受け付けますが、後者は保険が効かない(心理士によるカウンセリンsグは保険適用外で自費診療)ため金銭的に負担が大きくなりがちです。わたしたちリオムの依存症集団療法リオマープは、各種健康保険が利用可能な「集団精神療法」(保険適用)という枠組みを利用することで、参加者の負担をできるだけ小さくすることにも配慮しました。(保険適応の集団療法は各種健康保険が使え、3割負担の方で1回900円程度、経済的に苦しい方は自立支援医療(精神通院)の手続きが認められると1回300円程度で受けられます)
毎回の集団療法結果は診療録の一部として記載され、並行する診療を最適化するうえでその情報が役立つうえ、プログラムの過程でマインドフルネスやSSTなどのスキルを身に着けてもらい「自分のトリセツ」を各自が作り上げることで(プログラム終了時に完成します)、各人に最適された再発予防策を講じる助けになります。
上述の松本先生も、「意志を強くするのではなく,自分の弱点を知り,薬物再使用の危険の高い場所や状況は避けるようにしましょう」ということをおっしゃっています。これは「強くなるより賢くなれ」という患者さんへのメッセージであり、当院のリオマープでもこの方針を採用している次第です。
働く方のメンタルヘルスに強みを持つわたしたちの「リオムメンタルクリニック」の治療やカウンセリング、そして公的な集団精神療法の枠組みに準拠した依存症対策プログラム「リオマープ」が少しでも役に立てば、スタッフ一同うれしく思います。
依存症とまでいえないが思い当たるところがあるという方も、もしそのことで思い悩んでいたり、つらい思いをしたり、あなたの生活や周囲の人々に悪い影響を与えているようであれば、遠慮せず参加いただければ幸いです。