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世界幸福度調査World Happiness Report2020の概要と関連質問紙提供について

国連の持続可能な開発ソリューションネットワークSDSNが米国ギャラップ社の収集データを元に英米の研究者チームの協力を得てまとめた「世界幸福度調査」(ワールドハピネスレポート、World Happiness Report)の最新版World Happiness Report 2020が去る2020年3月20日に公表されました。
WHR2020表紙
 この国際的調査は世界の156か国が対象となり2012年から毎年行われていますが、WHO-HPQ日本語版と同様にキャントリルラダーCantril ladderと呼ばれる11件法を用いて主観的な幸福度を調査するとともに、1) 一人当たり国内総生産(GDP)、2) 社会保障制度などの社会的支援、3) 健康寿命、4) 人生の自由度、5)他者への寛容さ、6) 国への信頼度 の6項目を加味して順位付けし、世界ランキングを公表しているものです。


 ランキング1位は3年連続でフィンランドで、例年通り上位を北欧諸国が占めています。rank1-18
 日本は一昨年(2018年)が54位、昨年(2019年)が58位だったのが、今年(2020年)は62位に後退していて、2017年の51位から3年連続順位を下げています。 rank62

この幸福度スコアの構成要素に目を向けると、日本の場合は特に「寛容さ」(棒グラフのオレンジ色部分、Explained by generosity)が際立って低いことが特徴的です。 colors
 この「寛容さ」は別表の回帰分析の結果が示すように11件法の主観的幸福度やポジティブな感情と統計学的有意に正の相関を示すことがわかっています。 colors
 上記の回帰分析の結果から、一人当たりGDPと健康寿命はいずれもポジティブ感情にもネガティブ感情にも有意な影響を及ぼしていない一方、社会的支援と人生の自由度はいずれもポジティブ感情にもネガティブ感情にも有意な影響を及ぼしていることがわかります。国への信頼度(腐敗を感じる程度)はネガティブ感情にのみ有意な影響を及ぼし、他者への寛容さはポジティブ感情にのみ有意な影響を及ぼすこともわかります。
 これらのデータから、特に日本におけるポジティブ感情が低いことについては寛容さの低下に起因する部分が大きいと推測されます。

この10年間くらいの世界全体の傾向として、心配ごとや悲しみ、怒りといったネガティブな感情のスコアが明らかに増加傾向で、ポジティブな感情も漸減傾向にあります。
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 新型コロナウイルスのパンデミックによる影響でこれらの傾向が加速されることが危惧されますが、先月発表された今回の2020年データは今後の急速な社会変化を比較検討する際の基準として重要になると考えられ、精緻な分析により有効な対策を考える上での基礎情報を提供する元となりえる点で貴重といえます。
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参考になる他の国際的な調査として、国の豊かさを示す「レガタム繁栄指数」Legatum prosperity index (英国のシンクタンクが安全と安全保障、個人の自由、権力のガバナンス、社会関係資本、投資環境、企業環境、市場へのアクセスとインフラ、経済体制の質、住環境、健康、教育、自然環境といった下図にある12個の下位尺度から算出)
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において日本は167か国中19位と上位であるのに対して、幸福度は156か国中62位というのは残念な結果といえ、他国に比べて圧倒的に低い「寛容さ」が日本の順位を押し下げているといっても過言ではないと思われます。
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 上記の繁栄指数で日本は167か国中19位と上位ではありますが、諸外国に比べてもう一つ特筆すべき特徴がこの指数の下位尺度にあります。それはこの繁栄指数を構成する「社会関係資本」social capitalと呼ばれる尺度(家族との関係、社会的ネットワーク、対人的な信頼感、組織への信頼感、社会参加という5要素から算出)
Social Capital definition
が下表にあるように著しく低い(167か国中132位)ことです。
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 社会関係資本はソーシャルキャピタルとも呼ばれ、「家族以外のネットワーク(社会的なつながり)」を意味し、具体的には、ボランティアや地域活動への参加、地域社会での「人との信頼関係や結びつき」を示す概念です。社会関係資本の評価は国内外の研究目的のみならず、実務的に世界銀行World Bankが経済支援を行う地域に対して行っていますし、わが国の調査でも社会参加や連帯感、互助が豊かな地域に暮らしている高齢者は健康度が高いというエビデンスがでています。
 他の下位尺度である健康度(167か国中2位)や教育(167か国中7位)が世界的に見てもトップクラスであるにもかかわらず、この社会関係資本の劣悪さが足を引っ張って総合順位19位に甘んじているというのが現状です。
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 こうした透明性の高い客観的な国際比較からわかることは、日本が「豊かさのわりに幸福を実感しにくい」状況にあること、またその要因としては他国に比べて圧倒的に低い「寛容さ」generosityと「社会関係資本」social capitalの劣悪さがあげられるということです。

RIOMH(リオム)研究会でも2018年に「幸福学」を専門とする慶應義塾大学の前野隆司教授をお迎えして「幸福度とプレゼンティーズム --働くことと幸福について--」というテーマでディスカッションしましたが、国際的に用いられている幸福度を評価する質問紙や内閣府の幸福度質問項目を企業や自治体でも活用することは、働く方や地域の方の幸福度を定量化して施策の効果判定や時系列の変化を評価することを可能としうる点で有意義なツール活用といえます。
 RIOMHの関わってきた公的研究や各種取り組みでも活用されてきたため、日本で働く方の標準値データ(平均値や標準偏差、分布など)が蓄積されてきた経緯があり、それらを多くの会員に活用いただくことは社会的意義があると思われますので、関連質問紙の提供を今年度から開始する運びとなりました。詳細は事務局までお問い合わせください。

従来のプレゼンティーズム評価(WHO-HPQ日本語版)に加え、簡易的なワークエンゲージメント評価(活力、熱意、没頭の簡易下位尺度評価付き)、幸福度の評価(内閣府版)、社会関係資本の評価(JAGES)などの実用的調査票について希望会員に順次情報提供予定です。


(補足)
 幸福度に関する入門書として、慶應義塾大学の前野隆司教授からいただいたご本のうち下記が代表的でわかりやすいのでご紹介します。
「幸せのメカニズム 実践・幸福学入門」 (講談社現代新書)

 2017年のリオム研究会でも登壇いただいた宮木の共同研究者である小塩隆士先生(一橋大学教授)は「ソーシャル・キャピタルと幸福度」Social capital and perceived happiness(ソーシャル・ウェルビーイング研究論集第2号 2016年3月)という論文を公表されていますので、併せてご紹介します。

国際的な幸福度指標の中には、英国ニュー・エコノミクス財団による地球幸福度指数Happy Planet Indexのように、幸福感や平均寿命だけでなく、格差Inequality of outcomesを計算式に取り入れているものがあります。
我が国の社会格差・健康格差に関しては、宮木が分担研究者として参加してを分担執筆(第8章 生活習慣の社会格差と健康)した、東京大学公衆衛生大学院の川上憲人教授の研究班による下記がよくまとまっていると思いますので一読お勧めします。
「社会と健康: 健康格差解消に向けた統合科学的アプローチ」(東京大学出版会)