NOTO SATOYAMA & SATOUMI

「能登はやさしや土までも」
世界農業遺産の恵みと能登地震復興の現状

米麹甘酒や麹調味料に用いる能登米。その一杯の背景にある、水、土、海、そして地域の営みと、復旧・復興の現状をお伝えします。

2026年8月吉日 宮木幸一
国立大学法人 北陸先端科学技術大学院大学客員教授

石川県輪島市白米町にある棚田「白米千枚田」
輪島市の千枚田ライブカメラはこちら

世界農業遺産「能登の里山里海」の恵みと震災復興の現状

里山発酵研究所が復興カフェでご提供している米麹甘酒や麹調味料には、「能登はやさしや土までも」ともいわれる「能登の里山里海」の恵みである「能登米」を用いています。一杯の甘酒は、米と麹だけからつくられますが、その背景には、水田を潤す水、土を守る里山、日本海、そして土地を守ってきた多くの人びとの時間があります。

能登の食をいただくことは、おいしさを味わうことに加えて、この地域に受け継がれてきた農と文化の循環に思いを寄せることでもありますので、こちらでは能登地震の復興の現状もお伝えしたいと思います。

復旧工事が進む高速道路

「能登はやさしや土までも」

「能登はやさしや土までも」は、能登の人びとの温かさとともに、草木や土を含む風土そのものにも、人を受け入れるような優しさがあることを表す言葉として受け継がれてきました。文献上は、江戸時代の紀行文『三日月の日記』に記された能登の杵歌にさかのぼるとされています。1

「女ばかりか草さえ菜さえ能登は優や土までも」

泉鏡花『河伯令嬢』より2
泉鏡花

金沢出身の作家・泉鏡花は、『河伯令嬢』の中で、能登に伝わるこの言葉を踏まえ、女性だけでなく草や菜にまで能登の優しさを見いだすような一節を描きました。鏡花作品における能登は、ただの旅先ではなく、海・山・川・伝承・人の営みが重なり合う、豊かな物語の場所として描かれています2

宮木幸一博士の記憶

宮木幸一博士は、泉鏡花が育った金沢の老舗旅館(鏡花の小説『海の鳴る時』の舞台にもなっています)を訪ねた際、鏡花が読んだ本や、実際に使っていた机を直接見せていただいたことがあります。作品の中の文豪としてだけではなく、本を読み、机に向かった一人の人としての鏡花を身近に感じた、印象深い経験だったそうです。

金沢辰口温泉まつさきにて 泉鏡花の机と宮木先生

「能登はやさしや土までも」という言葉には、鏡花文学が描いた土地へのまなざしと、今日まで続く能登の暮らしへの敬意が重なっています。

世界農業遺産「能登の里山里海」

「能登の里山里海」は2011年6月、国連食糧農業機関(FAO)により、世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems: GIAHS)に認定されました。3

世界農業遺産(Globally Important Agricultural Heritage Systems: GIAHS)に認定

世界農業遺産は、過去の景観や遺構を保存するだけの制度ではありません。棚田やため池を活かす農業、豊かな生物多様性、海と山の恵みを生かす生業、祭りや食文化、そして現在も続く地域の暮らしを、将来へ引き継ぐことを目指します。3

能登米が育つ田は、米をつくる場であると同時に、水を蓄え、生きものを育み、集落の景観と生活を支える場所でもあります。米、麹、水、つくり手の技が重なってできる甘酒は、こうした里山里海の循環のなかにある食品です。

石川県輪島市白米町の千枚田

地震・豪雨からの復興の現状

2024年1月の能登半島地震は、農地の亀裂・沈下、農道や水路、ため池、農業施設の損壊など、地域の生産基盤に広い被害をもたらしました。同年9月の奥能登豪雨では、農地への土砂・流木の堆積や法面崩壊などが加わり、復旧の途上にさらなる困難が生じました。4

2,200 ha奥能登4市町における2026年度の営農再開面積見込み
約8割地震前の営農面積に対する回復見込み
2026年度中石川県が公表した最新の見込み時点

石川県の2026年5月22日公表資料によれば、奥能登4市町(輪島市・珠洲市・能登町・穴水町)では、農地・水路等の復旧と営農再開支援により、2026年度に2,200haで営農が再開される見込みです。これは地震前の営農面積のおよそ8割に当たります。4

一方で、大きな被害を受けた農地や水路の復旧、担い手の確保、避難により離れた農家の営農継続は、なお中長期的な課題です。奥能登営農復旧・復興センターでは、集落内の合意形成、営農継続・再開に向けた相談、スマート農業の普及などを通じて、地域の事情に寄り添った支援が進められています。4

七尾市海岸沿いの田んぼ

復旧から、創造的復興へ

石川県は、被災前の状態に戻すだけではなく、能登らしい自然、文化、生業を次世代へつなぐ「創造的復興」を掲げています。農林水産業の再建、祭りや文化の継承、地域外から継続的に関わる人びと(関係人口)の拡大、里山里海の保全などを一体として進める考え方です。5

復興とは、道路や建物を直すことだけではありません。田に再び水を引き、米を育て、麹の技を受け継ぎ、地域で人が暮らし続けられる条件を整えることです。能登米を使った甘酒や麹調味料をお届けすることもまた、小さな取り組みではありますが、その歩みに寄り添う一つの方法だと考えています。

能登にかかる虹
能登の未来へ

「能登はやさしや土までも」。厳しい自然とともに生きながら、土地を慈しみ、人と人が支え合ってきた能登の言葉です。その土地で育った米を味わうことが、復興への思いを分かち合い、能登の未来を支えることにつながれば幸いです。

日本の伝統的酒造りや発酵文化を知ってもらう復興カフェ

参考文献

  1. レファレンス協同データベース.「『能登はやさしや土までも』の出典について」.
  2. 泉鏡花.『河伯令嬢』.青空文庫.
  3. Food and Agriculture Organization of the United Nations (FAO).Noto's Satoyama and Satoumi.
  4. 石川県.「記者会見の要旨―令和8年5月22日」.2026年5月22日公表.
  5. 石川県.「石川県創造的復興プラン」.
爪痕の残る珠洲市の見附島